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秋入学に関するエピソード [人物に関すること]

大正7年6月20日付の河本義行宛の葉書に、保阪嘉内はこのように書いています。
「本日郷里より上京、明廿一より受験」

この年の3月、保阪嘉内は盛岡高等農林学校を除名になり、「その後、いちおう明治大学に籍を置いて、駒場または北大を受験しようと決心」します(保阪庸夫・小沢俊郎『宮澤賢治 友への手紙』p112)。
つまり、嘉内は4月から東京帝国大学農科大学もしくは北海道帝国大学農科大学への受験勉強を始めたわけです。
その試験日が6月21日……。
最初に河本義行宛の葉書の文面を見た時には、何らかの形で編入試験でもあったのだろうか――などと思ったものでした。
当時(大正10年まで)の帝国大学が秋入学であったことを知ったのは、その後のことでした。

昨年来、東京大学を中心に春入学から秋入学への移行が取りざたされるようになって、真っ先に思い出したのがこの嘉内の再受験の話でした。
ちなみに、嘉内が受験した盛岡高等農林学校は春入学で、大正5年の入学試験は3月25日から27日にかけて行われていました。
つまり、そのころは高等専門学校と帝国大学とでは試験日や入学時期が違っていたわけです。
帝国大学が秋入学だったために、嘉内は比較的早く気持ちを切りかえることができたのではないかと思います。
これが受験まで1年も間があるという状況であれば、気持ちを切りかえるまでにもっと長い時間がかかったかも知れません。

秋入学を希望する大学に導入することは否定しませんが、全ての大学に秋入学が強制されることは間違っているように感じます。
現在でも春入学と秋入学の併存制を取っている大学もありますし、当時のように春入学の学校と秋入学の学校があってもかまわないのではないでしょうか。
有名大学が秋入学を導入するからといって国や企業の採用試験の時期まで変えるというのは、さらにおかしいような気がしてなりません。
全てが一律……ではなく、個性を認める。その方が、大学も学生も独自性を発揮できるように思います。

ちなみに、保阪嘉内の受験は残念ながら失敗に終わりました。
試験日を目前にした6月16日に母親が病気でこの世を去り、入学試験どころではなかったようです。
冒頭でも引用した河本義行宛の葉書にはこのように書いています。
「帰省以来ろくに睡らないのでばかに頭が痛い、今日一日睡ろうと思ふ」

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コメント 2

にじ

今日はあついですね。台風大丈夫でしたか。
とても心に残る記事でした。
このごろ、気仙沼歌舞伎公演にかまけていて、あんまり新聞等読んでいないのですが、東大の秋入学の記事は覚えていました。そうなんだ~ 昔からそういう事例があったのですね。ちっともしらなかったです。温故知新。
嘉内さんが入試に失敗したことは、結果的にはよかったのかなあ。そういうのって、やはり運命かしら。
16日、お母さまの命日だったのですね。そして桜桃忌もすぎちゃいました。もうすぐ7月になります。一年、おわっちゃうなあ。
しっかり寝て、ちゃんと仕事しなくちゃ。
映画館で、新作アニメ「グスコーブドリ・・・」の大判チラシ、みましたよ。

by にじ (2012-06-20 17:15) 

azalea

今日は台風一過で、一気に暑くなりましたね。
熱中症で病院に搬送される人も出たそうです。
いよいよ気仙沼公演も間近で、にじさんも大忙しだと思いますが、お体を大切にしつつ頑張ってください。
見に行けないのが残念ですが、ブログや新聞での報告を楽しみにしています。

大正7年の試験、嘉内さんが順調に受験していたとしたら合格していたかどうか……それは何ともわかりませんが、そうですね、やっぱり私も運命のような気がします。
「グスコーブドリ・・・」のアニメ映画、もうすぐですね。楽しみです!
by azalea (2012-06-20 20:48) 

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