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『月光 2』は宮沢賢治特集 [本の紹介]


発見!宮沢賢治 「海岸は実に悲惨です」 (月光 2 )

発見!宮沢賢治 「海岸は実に悲惨です」 (月光 2 )

  • 作者: 福島泰樹・立松和平・黒古一夫・太田代志朗・竹下洋一
  • 出版社/メーカー: 勉誠出版
  • 発売日: 2010/06/30
  • メディア: 単行本


厳しい残暑が続いています。
保阪嘉内が大正6年7月に「あついぞ!熊谷」で知られる埼玉県熊谷市を訪れ、「これはまったく溶鉱炉」とその暑さを形容していますが、その頃の最高気温は31度台程度だったようです。
処暑を過ぎても35度を超える日が連日のように続く今年の暑さ・・・。
保阪嘉内が今この暑さを感じたら、何と形容したことでしょうか[あせあせ(飛び散る汗)]

しばらくブログを更新できずにいましたが、今回はひさびさに本の紹介をさせていただくことにします。
遅ればせながら、勉誠出版の『月光 2』です。
この号は、「発見!宮沢賢治『「海岸は実に悲惨です』」とサブタイトルが付けられているように、賢治特集です。
新発見の口語詩草稿「〔停車場の向ふに河原があって〕」や詩人の大木実あて書簡なども紹介されており、執筆陣もなかなか多彩な顔ぶれです。
また、福島泰樹氏と保阪庸夫氏の対談「私が友保阪嘉内、私を棄てるな。」は、今まで紹介されることがなかった保阪庸夫氏の少年期~青年期のエピソードや、保阪家所蔵の賢治書簡がどのような経緯で山梨学院大学の三神敬子氏の知るところとなったか・・・といったことが語られており、大変興味深いものとなっています。
ただし、この対談はこの号で完結しておらず、次号に続くのが残念なところです。

(azalea)
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コメント 2

本多桂子

 遅ればせながら紹介にあった『月光2』を読みました。特集のタイトルは、何だか今年の東日本大震災を予期するようですね(はじめこの記事を読んだ時、最近の記事かと思いました)。
 『友への手紙』は今年になって読みました。存在を知ったのは昨年『万華鏡』を読んだ時です。あの時は人が人に宛てた手紙を読んでいいのだろうかとドキドキしながら読みました。以前は宮澤賢治という人は雲の上の存在のような、まるで別世界の人と考えていましたが、彼も生身の人間で色々と悩んでいた事を知り、とても親近感が湧きました。手紙の中に表れた苦しんでいる様子は、まるで自分自身を見ているようでした。
 『友への手紙』共同編著の小沢俊郎氏は、「現在、都立豊多摩高校勤務」とあってびっくりしました。私の母校です。国語の先生だったのでしょうか?もっと早く生まれていれば、教えてもらえる事があったかもしれないのにと、ちょっと悔しいです。
 私も注が丁寧なのでとても喜びました。それでもかなり圧縮したんですね。もともとの原稿のまま、刊行することは本当に不可能なのでしょうか。とてもとても残念です。それにしても、本当に嘉内さんから賢治さんに宛てた手紙も見てみたいものです。空襲の時に焼けてしまったのでしょうか。これもとても残念です。
by 本多桂子 (2011-11-14 20:34) 

azalea

コメントありがとうございます。このブログの記事がお役に立ててよかったです。『万華鏡』はとてもいい本ですね。賢治さんのいろいろな面がわかるようによく編集されていると思います。
私も子どもの頃は、宮沢賢治という人は聖人ぶった感じがして好きになれなかったのですが、いろいろなことで苦しんだり悩んだりしていた生き様を知って見方が変わりました。やっぱり一般的には、そうした人間的なところはあんまり知られていないような気がします。
小沢俊郎氏は、『友への手紙』のころは都立豊多摩高校の国語の教員でした。高校ではどんな先生だったのでしょうね。賢治さんの作品のところは何時間も熱の入った授業をされたかも・・・。母校であれば、残念な思いもひとしおだと思います。
『友への手紙』の草稿などは焼いてしまわれたとか、聞いた記憶があります。でも、『友への手紙』に盛り込めなかったことの一部は論文や資料研究として書かれているようです。手近なところでは『小沢俊郎 宮沢賢治論集』(全3巻)の第1巻に「宮沢賢治、保阪嘉内との交友」という論文が収録されていますが、これはなかなか熱いです。
でも、賢治さんに宛てた嘉内さんの手紙が1通でも残っていたら・・・と、私も思わずにはいられません。本当に残念です。
by azalea (2011-11-14 23:09) 

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